【代表インタビュー】月間1万枚の図面に向き合う淀川金属の「断らない」信念と、技術の先にある「心」

板金加工からキャリアをスタートし、20年前には単身マレーシアへ渡って大手鉄道会社のプロジェクトを成功させた山岡社長。80名のスタッフを抱える現在も、「ものづくりが好きだ」と語る少年の心を忘れない彼が、淀川金属の強みと未来について語ります。
目次
数字で見る淀川金属の信頼
月間対応図面数:約10,000枚 膨大な図面に対応できる組織力と、多品種少量のオーダーから量産までを完遂する機動力があります。
従業員数:80名(20代〜40代の若い力が活躍中) 活気ある現場で技術承継を行い、急な案件や難案件にも柔軟に対応できるチーム体制を構築しています。
主要取引業界:半導体、食品、産業機械、医療など 高い精度と品質管理が求められるほぼ全ての業種に対応できるノウハウを蓄積しています。
強み:設計から組み立てまで網羅する「垂直統合型の一貫体制」 淀川金属では、以下の7工程を自社でシームレスに連携させています。
- 設計(構想段階からの提案)
- フライス加工(高精度な削り出し)
- 旋盤加工(丸物部品の精密加工)
- 板金加工(緻密な形状成形)
- 製缶加工(大型フレーム・構造物の製作)
- 溶接加工(強度と美観の両立)
- 組み立て(最終的なアッセンブリ)
【原体験】鉄の穴あけに驚いた10代。職人の背中を見て学んだ「ものづくりの原点」
板金加工からキャリアをスタートさせ、現在は淀川金属の代表を務める山岡。技術だけでなく「人の繋がり」を何よりも大切にする彼の経営哲学は、どこで育まれたのか。その原点に迫ります。
製造業に入られたきっかけを教えてください。
最初は誘われるがまま、板金業の世界に飛び込みました。当時は10代。製造業の知識なんて全くない状態で、1年目は「タレパン(タレットパンチプレス)」での穴あけ作業をしながら、営業や配達もこなす毎日でした。
初めて現場に立ったときの印象は覚えていますか?
正直なところ、10代だったので「何も考えずに手伝っていた」というのが本音です(笑)。周りは幼い頃から知っている気心の知れた職人さんばかりでしたが、仕事となるとやはり昔気質の怖い人も多かったですね。ただ、そうした厳しい環境に最初から身を置けたことは、今振り返れば大きな財産になっています。
若い頃に一番苦労した経験は何でしょうか?
「鉄に穴があくんだ!」という事実に、ものすごい衝撃を受けたのを覚えています。何も知らなかった若造にとって、硬い鉄に穴を開けることがどれだけ大変で、どういう仕組みで行われるのかさえ分からなかった。その「理屈」を理解し、思い通りに加工できるようになるまでは、本当に試行錯誤の連続で苦労しました。
失敗から学んだ大きな出来事はありますか?
一番の学びは、「お金でも技術でもお客様でもなく、最後は人である」ということです。職人同士のコミュニケーション、お客様との関係、そして何より家族の支え。これらが揃って初めて、いい「ものづくり」ができる。人に寄り添い、人に苦労し、そこから学んでいくことこそが、経営においても技術においても最も大切だと確信しています。
【技術】アルミは「生き物」。最高の品質は「心のゆとり」から
製造業において「技術力」とは何を指すのか。山岡は、単なる数値や設備のスペックではなく、その根底にある「職人の精神性」と「材料への向き合い方」に独自の答えを持っています。
加工において、一番重要だと考えていることは何ですか?
一言で言えば、「最後までやり遂げること」です。どんなに困難な加工、上手くいかない局面でも、決して逃げない。例え最終的に不良品になってしまう可能性があったとしても、途中で投げ出すような職人は信頼に値しません。困難を正面から受け止め、形にするまで向き合い続ける姿勢こそが、淀川金属の品質の根幹です。
工具選定において意識しているポイントを教えてください。
現場に立っていた若い頃は、どうしても「1本いくら」という工具の単価に目が行き、少しでも安いものを探すことに執着していました。しかし、現場から経営へと視点が変わる中で、真のコストパフォーマンスに気づかされたんです。
安価な工具を使い回すよりも、最適な高品質の工具を選定すれば、切削速度が劇的に上がり、加工時間を大幅に短縮できます。 結局、製造業において最も価値があるのは「時間」です。工具への投資が、結果として生産性を高め、お客様への価格や納期という「付加価値」に繋がる。そこに気づいてから、考え方がガラリと変わりました。
また、当社では「工具選定を現場の各職人に完全に任せている」のが大きな特徴です。本来、工具は予算管理の対象になりがちですが、私は現場の判断を信じています。目の前の材料に対してどの工具が最速・最適か。それを一番分かっているのは現場の職人ですから、彼らの判断に制限はかけません。
材料ごとの難しさの違いをどう捉えていますか?
材料はすべて「生き物」だと考えています。 例えば、鉄は硬く剛性がありますが、アルミニウムは柔らかい反面、熱による膨張や「むしれ(工具への溶着)」が起きやすい。
これを料理に例えるなら、身の締まった魚と、脂の乗った柔らかい魚では、包丁の入れ方も温度管理も全く異なるのと同じです。 単に削ればいいわけではなく、その日の気温や材料の状態、刃物の当て方一つで、仕上がりの寸法や表面の美しさが変わってしまいます。
特に柔らかいアルミなどは、一歩間違えるとすぐに傷がついたり歪んだりする「柔らかい難しさ」があります。それぞれの素材が持つ「クセ」を見極め、最適な回転数や送り速度を弾き出す。その素材に合わせた「最適な扱い」を追求するのが、この仕事の醍醐味であり、淀川金属が守り続けている品質の正体です。
品質を安定させるために、どのような工夫をされていますか?
一番大切なのは、「職人の心にゆとりを持たせること」です。どんなに良いマシンやAIを導入しても、段取りをするのは「人の手」です。心に余裕がないと、焦りからミスが生まれます。職人への指導と愛情、そして心にゆとりがあれば、品質は必ず安定します。
【ストーリー】「俺が作った製品」が走る喜び。海外へ飛んだ情熱の源泉
技術者として、そして経営者として、山岡が最も大切にしているのは「ありがとう」の言葉と、一度決めたら逃げない執念です。
記憶に残っている案件を教えてください。
約20年前、単身マレーシアへ渡って掴み取った「国内大手鉄道会社の車両用座席金型」のプロジェクトです。当時はまだ珍しかった海外拠点での金型製作でしたが、設計から立ち上げまで、私が何度も現地へ足を運び、公共交通機関の厳しい安全基準をクリアする品質を追求しました。
それまでの鉄道の椅子は平らな形状が一般的でしたが、座り心地を改善するために「少し凹ませた形状」にするという新しい試みでした。完成した金型を日本へ持ち帰って成功させた時の達成感は、今でも忘れられません。自分が必死で作った金型が製品になり、実際に公共インフラとして街を走っている。それを見るたびに「これは俺たちが作ったんだ」と思えるのは、ものづくり冥利に尽きる喜びでした。
技術者としての「信念」を教えてください。
私の信念は、「逃げない。諦めない。」これに尽きます。難しい課題から逃げず、最後までやり遂げる。単純ですが、ものづくりが好きだからこそ、その想いを貫き通しています。
【未来】次世代へ繋ぐ「ものづくりの喜び」

創業から今日まで、淀川金属を牽引してきた山岡。彼が描く未来は、自身の意志を次世代に繋ぎ、若手技術者たちが「一生懸命考える楽しさ」を享受できる土壌を作ることです。
今後の展開について教えてください。
私自身、いつまでも現場の最前線にいられるわけではありません。だからこそ、今後は私の意志を引き継ぐ「第二世代、第三世代」が、私と同じ情熱を持って未来へ向かっていける組織にしていきたい。淀川金属の伝統、つまり「やり切る精神」を、若い世代が自分たちのものとして継承してくれることが私の願いです。
淀川金属として、どのような姿を目指していますか?
何か困りごとがあったときに「淀川さんにお願いすれば何とかしてくれる」と真っ先に名前が挙がる会社でありたい。そのために、当社が誇る「垂直統合型の一貫生産体制」をさらに磨き上げていきます。
具体的には、製品の構想段階からの「設計」に始まり、「フライス加工」「旋盤加工」による高精度な削り出し、精密な「板金加工」や強度の要となる「溶接加工」、そして最終的な「組み立て(アッセンブリ)」まで。
この6つの全工程を自社内で完結できるからこそ、納期管理の徹底はもちろん、工程間でのロスを省いた最適なコスト提案が可能です。単なる「加工屋」ではなく、お客様のものづくりを上流から下流まで支える、唯一無二のテクニカルパートナーであり続けたいと考えています。
これからものづくりの世界に飛び込む若い方へメッセージをお願いします。
淀川金属は未経験であっても「ものづくりが楽しい」と思える人を全力で歓迎します。自分で一生懸命考え、試行錯誤して、この世になかった形を作り出していく。その喜びを実感できる環境は、そう多くありません。若い子たちが興味を持って「ここならやってみたい」と、その門戸を叩きやすい会社でありたい。それが、今の私の大きな目標です。
.png)